エピソード5 「滞納処分は人助け」
【登場人物】
- 佐々木仁之介(大湊県税事務所 収税課 主査)
- 宋束駒子(そうぞく こまこ):未亡人
- 宋束信太(そうぞく しんた):駒子の夫・故人
- ガリパー:中古車販売会社の買受人
仁之介が初めて滞納整理を担当した年の4月。一本の電話が鳴りました。
「もしもし。宋束駒子と申します。主人が2月に亡くなりまして、事業の負債が多かったため、相続放棄をしました。今、自動車を処分しようとしたところ、弁護士さんから『勝手に動かすと債権者に放棄を認められなくなる恐れがある』と言われました。どうしたらよいでしょうか?」
住民から困りごとの相談があれば、可能な限り解決を図るのが自治体職員の務め。仁之介は駒子さんの自宅を訪問しました。
果樹園と建設業を営んでいたとのことで、広い敷地には建設資材の置き場があり、納屋には自動車が3台。仏間には、亡くなった信太さんの遺影が優しく微笑んでいました。手を合わせてから、本題に入ります。
「自動車税が滞納のままだと、県として差押えと公売の手続きを進めることができます。奥様が関与されなくても、自動車は処分できますよ。」
異動したばかりで滞納処分の実務経験はなかったものの、前職で担当していた軽油引取税の強制調査では裁判所の令状が必要でしたが、滞納処分は滞納の事実さえあれば執行できることは理解していました。
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
とはいえ、大見得を切ったものの、いろいろと調べてみると問題が発覚します。相続財産管理人が選任されておらず、滞納処分に必要な書類の送達先が存在しなかったのです。
10万円少々の滞納で、県が管理人選任の申立てをするとは考えにくい状況。仁之介は、すぐに行き詰まりました。
そこで最後の望みは、抵当権者である銀行が不動産競売のために相続財産管理人を立てることでした。駒子さんには、銀行から何か動きがあったらすぐに連絡をくれるようお願いしました。
数か月後――。
「仁之介さん、宋束です。銀行から電話がありました!」
その知らせを受け、銀行が選任した破産管財人との協議の末、自動車の差押えと公売手続きを進めることができました。最終的に3台の自動車は、中古車業者のガリパーによって落札されました。
公売当日。ガリパーのレッカー車が納屋から車を搬出する様子を見届け、公用車に乗り込もうとしたそのとき――
「仁之介さ~ん!」
背後から呼び止められた声に振り向くと、駒子さんが小走りでやってきます。
「ほんの気持ちです。うちで作ったもので恐縮ですが、どうぞ持っていってください!」
手渡された箱の中には、収穫されたばかりのたくさんのブドウが詰まっていました。
せっかくのお心遣い。少し迷いましたが、当時のコンプライアンス意識の中で許容される範囲と判断し、ありがたく頂戴しました。
事務所に戻るやいなや、所長を含めた全職員でおいしくいただいたのは言うまでもありません。一蓮托生です(笑)。